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本質的な在り方と色々な繋がり

自分の整理も兼ねて、意識や本質的な在り方について書いてみます。


私がたどり着いた大事なことは

*思考/感情を眺める「意識」に気づくこと。
*その「意識」「視点」から、思考/感情を眺めること。

その「意識」はどんなものかというと
例えば「右手を意識してみて。感じてみて」と言われたら、右手に意識を持って行きますよね。
その「意識」。それが本質的な「意識」です。

普通の認識だと、この意識とエゴ(思考/感情)がごっちゃになっています。
「同化している」ということです。
安心とか最良とか無とかで表現される「本質」「意識」は、いつもずーっと私たちと一緒にありますが、エゴと同化しているとその意識に気づけません。
そうするとエゴの機能によって湧いた苦しみを自分の苦しみとしてしまい「私は苦しんでいる」ということになります。

呼吸を意識するとかインナーボディを感じるというのは、この意識に気づき、慣れ親しむための方法だと思います。
また、セドナやメソッド的な意味での自己観察はエゴによって湧いたものをしっかりと見据え、「本質的な意識」と「エゴによって生まれた思考感情」は違うものなんだと認識するための方法だと言えます。

本質的な意識でもって
迷い、記憶、良い悪い、幸不幸の判断、考察、○○しよう、○○しなければならないなどなど、あらゆる思考、感情に気づいていることが本来の在り方です。

「気づいている」というのは、ネガティブな思考だから良くないとか判別したり見張っていることではありません。
あらゆる思考感情が自分の中で湧いているけれど、この意識とは別のものである。という「感覚」であるということです。同一化していないということです。

本質的な意識とは別々なので、どんな思考感情が湧いても構わない。
その態度が手放すということであり、すべてを許し、受け入れるという感覚でもあります。

どんな自分も許すという自愛は、ただ本当のこと、本質的なことをやっていただけということになります。
自己観察も瞑想も本来の在り方です。

いきなりドカンと気づく人、ちょっとずつ深まる人、ペースは色々でしょうが、意識は誰にでもあるので、「本来の在り方」は誰にでも開かれていると思います。


 ***

前にチラッと書いた、雑誌に載った私の絵です。
コメントで何かしら披露するって書いた気がするので載せてみます。
なんの雑誌かは内緒です(-ω-)b

120420.jpg

彼氏には「怖いよー」って言われましたw
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.20 2012
★世界はこんな風にできている comment(8) trackback(-)

comment

おりえ
いつもこっそり拝見させて頂きます。

>*思考/感情を眺める「意識」に気づくこと。
*その「意識」「視点」から、思考/感情を眺めること

この「思考/感情を眺める「意識」」というのが今イチピンと来ません。
手などの物体には意識を持ってこれるのですが「眺めている意識」となると
???になってしまいます。
自己観察さんの記事も何度か呼んだのですが「エゴ(感情、意識)に気付く」というのはわかるのですが「エゴに気付いている意識に気付く」というの
がどうにもよくわからないのです。

>どんな思考感情が湧いても構わない。

強いネガティブな感情をずっと見続けても中々消えないのですが、それを
構わないというのは難しいのですがそういう場合はどのように受け入れれば
良いのでしょうか?

アドバイスを頂ければと思います。
2012.04.21 00:22
直弘
面白い絵ですね

バナナの皮の妖怪みたいです(笑)

何だかホッと笑える気がします

(*´∀`*)

2012.04.21 12:09
あおきマリカズ
初コメント失礼します!ツイッターではありがとうございました☆
常春さんのブログを見ていて、自己観察結果の記憶力が
素晴らしいな~と思っていました。羨ましい!

この記事の内容、私も大事だと思っていましたが
改めて再認識できましたし、頭の中でわかりやすくまとまりました!感謝☆

その意識こそ「ただ在る自分」なんですよね。
他のあらゆるもに影響を受けない、関連性の無い、確固として存在する完璧な自分。

最近思っていることが「マイナスに同化すると分離」っていうのはよく言われていますが
極端なプラスの感情に同一化しすぎて
ある種「我を忘れてしまう」ほどに舞い上がることも
ちょっと危ないんじゃ?って思っているのですが、いかがでしょう?
「状況や現象をただ作り出し、再生し、傍観している」という視点から離れすぎているという点で…。
2012.04.21 14:40
常春(とこはる)
>おりえさん

いつも読んでくださって、ありがとうございます(^^)
私が通ったルートの視点でしか言えないかもしれませんが…ピンとこなかったらごめんなさい。

 * * 

「エゴに気づく」はわかるけど「エゴに気づいている意識に気づく」がよくわからないのですね。

たぶん意識とエゴが同化しながらエゴを観察している状態だからだと思います。

意識+エゴ → エゴ という観察状態。

意識と絡まってるエゴによって、意識を感じにくくなっているというか。自分のことを振り返ってみると、観察し始めた頃はそういう状態でした。

「エゴに気づく」がわかるということなので、気づき続けていくうちに見えてくる気がします。認識しやすいエゴから気づいていって、徐々に同化しているエゴに気づき、意識が見えてくるという感じ。

あと、「手を感じたりする意識はわかる」ということで、それだけでも十分いい感じだと思います。
なので、その意識に慣れ親しむアプローチはいかがでしょう?呼吸や体を感じるとか、お好きな方法で。すぐに「これが本体だ」とわからなくても、「どうやら本体らしい」くらいの軽さで浸ってみるといいかもしれません。

 * * 

「なかなか消えない強いネガティブな感情の受け入れ方」ですが、その感情を否定していることに気づけたらいいんじゃないかと思います。
「その感情が湧いても構わない」と思うのが難しいということは、「湧いてほしくない。消えてほしい」ということですよね。まずはその否定を十分認めることから、その思いをほどいていってはいかがでしょうか。
2012.04.21 20:58
常春(とこはる)
>直弘さん
ありがとうございます♪

そうです、そうです。
バナナのゾンビなんです(^∀^)

ゾンビだけど愛嬌を持たせたかったんです。
2012.04.21 20:59
常春(とこはる)
>あおきマリカズさん

ツイッター&コメント、ありがとうございます☆

異様な高揚感もエゴ的な反応なんじゃないかなぁと思います。大きな気づきを得て「うわーい!」ってなるのは、初めから気づきの内容をわかっていた本質じゃなくて、「知らなかった」→「知る」というギャップを経験したエゴなんじゃないかなぁと。
危ないと言えば、エゴが「うわーい!私すごい!私偉い!」って肥大したらやっかいだと思います。
だから、悟った後の修行が必要って言われてるんでしょうね。

最近のあおきさんのツイートで「ニュートラルな立ち位置の大事さ」みたいなことをおっしゃってましたよね。私も「それだー!」って思いました。
まだ頭での理解ですが、「松岡修造の熱気」(使ってみましたw)は、プラス/マイナス、ポジ/ネガ、幸/不幸を超えたものだと思います。
2012.04.21 21:01
おりえ
アドバイスありがとうございました。
とても参考になりました。
2012.04.22 13:57
常春
〉おりえさん

多少なりともお役に立てたのなら良かったです☆
2012.04.22 22:32

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☆あいさつ☆

ご来訪、ありがとうございます。
常春(とこはる)と申します。
精神世界に興味がある普通の人です。

ここでは、実践したことや気づいたこと、気になったことを、ゆるーくレポートしていきます。
自分のために書いていますが、 多少なりとも参考になれば幸い。
エゴっても生温かく見守って頂けると嬉しいです。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆

大事なのは自分を愛すること。
自分と対話すること。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆
7/27 ただいま放置中w
ご自分にピンとくるところだけ
美味しいとこ取りな感じで
テキトーに読んでいってください。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆
13.1.11 ツイッターのアカウントを削除しました。

14.1.27 メールフォームが機能してないかも??
なので、非表示にしました。

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